​Alto Magazzino(アルトマガジーノ)の思い
僕が8歳の時、 父からアイアンでできた時計型の鉛筆削りをもらいました。
それからその鉛筆削りは、どんな時も僕の暮らしの中で、ずっと大切にしてきました。
何度引越しをしても、
僕の結婚式のウェルカムスペースにも、
子供が産まれ家族で過ごすリビングにも、
僕の暮らしの中で、当たり前のように置かれていました。
その鉛筆削りは高価な物ではなく、
ただただ大量生産されたなんでもない鉛筆削りです。
だけどその鉛筆削りは、
 
僕にとっては大切な宝物。
「物」は姿形は同じでも、
誰から頂いたとか、
どこで購入したとか、
その時どんな時間を過ごしていたかとか、
自分だけの「思い」のような物を重ねれた時、
ある一種の豊かさを感じる事ができます。
僕が父からもらった鉛筆削りがそうであったように、
誰にでも、
手放したくはない自分だけの大切な物と過ごされているのではないでしょうか。